"Nuclear Power an Affluent Society and City Planning" inside the Exclusion Zone. Photo courtesy of Eric Parker on Flikr

原発事故被害者支援策の、論理的根拠と正当性の欠如

宍戸俊則

英訳はこちら:No Legitimacy, No Principle in Japan’s Nuclear Victim Support Policy (in English)

福島県庁は「2017年3月で、区域外避難者に対する住宅支援を打ち切る」と2015年7月に宣言した。2016年2月7日現在、その政策を変えるつもりは全くない。

そして、同じ2017年3月までに、原発事故で避難地域に指定した区域の中で、「50mSv/y以上の外部被ばく線量になる」とされている「帰還困難区域」と名付けられた地域を除き、全ての避難地域指定を解除する。避難指定解除される地域の住民に対しては、1年分の賠償(1人120万円)を追加で支払うだけで、他の特別な防護措置や財政優遇を基本的に打ち切ると決めている。

「帰還困難区域」に指定された地域の住民に対しては、一括で賠償金の支払いを済ませており、追加の支払いを行わないとしている。

そして福島県外の住民に対しては、原発事故の被害に関する公的支援を、そもそもほとんど行って来なかった。

福島県の隣の県のごく一部の住民と、隣の県からの区域外避難者の中で、非常に限定された住宅支援を行ってきたが、徐々に対象となる人を減らしてきて、遅くとも2018年の3月までですべての支援を終えてしまう。

産業に関する損害賠償の余地は残っているが、迅速な解決の為に設置された「原子力損害賠償紛争解決センター」(略称 ADR)が東京電力に支払いを求めた事例でも、東京電力が支払いを拒絶する事例が増えてきている。加えて、ADRセンターが日本政府に向かって「東京電力が和解に応じ、迅速に支払うように指導してほしい」と繰り返し要望しているが、日本政府は東京電力を指導しない。

以上に関する資料
文部科学省HP
「東京電力株式会社福島原子力発電所の事故に伴う原子力損害の賠償について」

「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する指針について(PDF:169KB)」

文部科学省HPから
原子力損害賠償紛争解決センター

 原発事故に関する補償、賠償、真相究明、原因解明、事故発生から現在までの情報公開は、ないがしろにされている。そればかりか、日本政府官庁は、「法律上保存義務が3年の文書だから」という理由で、国民に通告もせずに原発事故発生直後の公的文書の一部を破棄してしまった。

文書の破棄によって、原発事故発生直後に政府が実施すべきだった施策を行わなかったことの証明や、政府の失策の追究・立証が非常に困難になってしまった。

原発事故に関連する事柄以外については、日本政府も福島県庁も、税金投入による公共事業を含む経済活動を促進、活性化している。

既に自動車道路は、主要国道の6号線も前線再開通し、常磐自動車道に至っては、原発事故発生前の建設予定よりも前倒して、2015年に全線開通している。

鉄道についても、JR東日本の常磐線を2020年の夏(東京五輪)前の全線再開通を目指す方針を立てている。

528px-鉄道路線図_JR常磐線.svg道路や鉄道は、予算をかけ、資材を集め、労働力を投入すれば、「復興」実現が可能だろう。同じことは、自治体役場や電気などのインフラの殆どについても言える。例外は上水道で、取水口の上流にある湖沼の水底にたまる放射性物質が水道に混入しない保証ができないことだ。

その上水道の問題も含めて、政府と福島県が示す「復興」の速度と形が、被害者である住民の意向を無視していることが、現在「復興」にかかわって起きている殆どのトラブルの根本にある。これまでに使われてきた言葉で言うと「人間の復興」になっていないのだ。

では、東京電力の原発事故に関して日本政府と福島県庁が推進する「復興」が、なぜ「人間の復興」にならないのか、最初の時点に立ち戻って考えて見よう。

私が考える原因は、大きく二つに分かれている。

一つは、日本政府も福島県庁も、今回の問題が核災害であることから目をそらし続けていることだ。核災害の処理の超長期化と困難さを住民に告げず、マスコミの多くも日本政府と福島県庁が発表することを裏付けも取らずに垂れ流し、被害者の相当数が問題の困難さを直視していない事だ。

2011年3月11日から間もなく5年が経過しようとしているが、原子力緊急事態宣言を行った福島第一原発、福島第二原発だけでなく、東海第二原発や女川原発でさえ、あの時どこまで危険な状態に陥ったのかという情報さえ、国民に正しく伝わっているとは言い難い。

国会議員や核関係の「科学者」までもが「最新型の原発では何の問題も発生しなかった」などということを国会やテレビで平気で発言し、訂正さえも求められずにいる。まして、福島県の10基の原発で何が起き、どうなったのかという事も、今どうなっているのかという事も知られていない。

2012年12月16日に、野田首相は、それまで科学的な用語として使われてきた「冷温停止」の宣言ができない状態で、「冷温停止状態」を宣言した。換言すれば、国際的には科学的概念として認められない用語を使ってでも、国内的に「原発に関する危機的自体は去った」という印象づくりが日本政府には必要だったのだ。

そして、東京電力福島第一原発の1号機から4号機までの原発について、実現可能な対策としての選択肢が何であるかさえ、議論の対象にしないことにしたのだ。原発敷地内の問題は「オンサイト」の問題と呼ばれ、「冷温停止状態」宣言後は、急がなければならない問題ではないことにされたからだ。するともちろん、どの対策を使うことが可能なのが何年先かという、選択肢の先に発生する設問は、問うことさえできない。

そのような状況を前提にしなければならないので、事故原発周辺での人間の生活が、どの距離までどのように可能かという話はできない。それは、原発敷地に限定してのことでは済まない。事故原発に残された核物質の核種と量が正確には把握できない以上、最低でも半径数㎞の範囲では、「復興」の計画策定が、原発そのものの後始末に関係してくるのだ。

しかし、原発から10km以内の土地であっても、周囲と比べると空間放射線量が低い地域では2017年3月までに避難指定の解除が決定されている。

したがって、事故原発が現在どうなっているのか、今後どうなるのか、という事は、「復興」の結果、原発敷地周辺に住む人たちにとって、死活問題なのだが。日本政府は「オンサイト(原発敷地内)とオフサイト(敷地外)は別問題だ」と言って、原発そのものの後始末に関する内容を「復興」の課題に組み入れないのだ。

一億歩譲って、原発敷地内の事は「復興」と関係ないとしても、事故原発から放出された放射性物質が、今後どのような影響を及ぼす心配があるかについてさえも、日本政府と福島県庁は「影響を及ぼすとしても判別できない程度に小さい」と言い張るという、無茶を続けている。

今回の問題を「核事故では無かったかのように」住民対策を済ませてしまおうという計画は、科学的に考えても、チェルノブイリ原発事故やマーシャル諸島の事例を考えても、余りにも無謀である。しかし、日本政府と福島県庁は、その無謀なままで「人間」を無視している。

もう一つは、日本政府も福島県庁も、そして自治体役場の多くも、被害者という人間を直視せず、所在の把握さえも怠り、ごまかしてきたことだ。本来、災害なり事故なりで損害が発生すれば、政府側は必ず、被害の規模をあきらかにすべく、発生当日から必死に情報を集めるものだ。

3月11日当日に発生した地震や津波による被害の規模や被害者の実情に関しては、把握可能な限り把握しようと努力した形跡が、日本全国で確認できる。自治体中心部も含めて、ほぼ自治体の住居全てが津波の被害を受けたような場合であっても、その被害の規模と状況を把握しようとしていた。余りにも甚大な被害で、自治体役場が機能できなくなった場合には、県庁も協力して被害実態を把握しようとした。

ところが、今回の原発事故に関しては、被害の規模、被害者の実情を調べようとしなかった。理由の詳細については、調べる義務があるはずの行政サイドでなければわからない。

今回の原発事故の場合は特に、調べる人的余裕、組織的余裕、技術的能力がなかった自治体役場ではなく、都道府県庁や日本政府に責任があると筆者は推測するが、都道府県庁や日本政府が積極的に被害状況や避難状況を調べようとした形跡がない。

むしろ、被害住民が被害状況を調査するように都道府県庁や日本政府に要望しても、調査のための行動を取らなかったり、実際に調べた情報の公開を遅らせたりしたのである。

原発事故に関する避難が実際にどのように行われたのかを、日本全体としてまとめた資料を、筆者はまだ見たことがない。おそらく、そのようなまとまった資料は作られていないのだろう。

筆者が知る限りでは、日本社会には、歴史や記録をまとめる公的な役職も、公的な肩書を持つ人物も存在しない。その為に、後世に重要な参考となるべき資料は散逸したままだし、出来事の責任の所在も問われることがない。

実は筆者はこの後、筆者が知る範囲において、避難がどのように行われたのかをまとめようとしたのだが、筆者が知る範囲を書くだけでも分量が膨大になり、いつ終えることができるかもわからなくなった。その為、この文章は、一旦ここで終えることにする。ご了承願いたい。

この文章の結論をもう一度確認する。

日本政府、福島県庁が計画し、実施してきた「被害者支援策」は、その作成段階から不当なものであった。それは、被害者自身の命や安全を守ることを目標としない、論理的根拠が欠如した不当なものだったからである。

不当な被害者支援策を打ち切る事で「福島県は復興した」と世界中に日本政府と福島県庁は発信しようとしている。国外に、福島県庁が盛んに使節団を送り続けるのは、その宣伝が目的だ。

繰り返す。

福島県庁が送り出す使節団は、原発事故被害者を切り捨てて、被害者の声を無視した「復興」を進めている事実を世界的にごまかすためである。

 

写真:“Nuclear Power an Affluent Society and City Planning” inside the Fukushima Exclusion Zone. Courtesy of Eric Parker on Flickr CC

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